2015年9月30日水曜日

日吉ダム プチツーリング

季節は巡り、出かけるのに最高のシーズンになってきました。
今回はUさんと、日吉ダムに行ってきました。

老の坂を越えて、園部まで行くのですが、
9号線はずっと混んでて、のろのろ運転になりました。

まずは丹波の道の駅で小休止。




去年は、転倒、骨折があったので、ずっと会っていなかったUさんとも久しぶりに会えました。

園部から、県道19号線に沿ってしばらく行くと、日吉ダムに到着しました。


平日なので、だれもいません。
天気も良くて、空が青いです。
素晴らしい眺めです。







緑が多くて、とてもよい所でした。


さて、日吉ダムから、同じく県道19号線を通って、美山に抜けました。
道もすいていて快適なクルージングを楽しめました。

美山では、去年行った、かやぶきの郷に寄りました。


これは蕎麦畑です。この右手のほうにも畑が広がっています。

平日でも、ここは賑わっていました。
観光バスで、たくさんのお年寄りが来られていました。


日本昔話の世界ですね。

ここでUさんと、よもやま話をして、のーんびり帰りました。

燃費は43km/Lとよく伸びました。
寒くなる前に、またどこかへ行きたいです。

きょうは、走行、約140㎞でした。



















金田福一兄によるみことばの説き明かし



・「キリストに会う」

この人たちが、ガラテアのベツサイダの人であるピリポのところに来て、
「先生、イエスさまにお目にかかりたいのですが。」と言って頼んだ。【ヨハネ12:21】


キリストに会うことこそ絶対です。
人間にとって、唯一のことです。

これを無視し、避けようとすることは、
人間の罪の根源です。

キリストに会うことは、真の誕生です。
キリストに会うことなき人間の誕生は、無にすぎません。
キリストに会うことから始まります。
キリストに会うことによって、罪の赦しを得るのです。

新しき人生は、過去の罪の赦しから始まるのです。
キリストと共なる日々は、完成への道程です。
日々に彼を仰ぎ見ることによってへりくだり、
おのれのみにくさを踏み越えて清められていくのです。

不眠四十夜、呼吸困難の床に、私を衝撃した啓示です。
歓喜が苦痛を飲み尽くすのを覚えます。












2015年9月24日木曜日

水漏れ騒ぎ

早いもので、ウチの家を建て替えてから
もう25年近くが経ってしまいました。

そうすると、やはり思わなかったところが具合悪くなってきます。

先日、水道の検診に来たお姉さんが、
ウチのどこかから水漏れしていますよ、と、
おしえてくれました。突然の出来事です。

見てみると、言われたとおりに、
ウチの中では、どこも水を出していないのに
水道のメーターが動いています。


寝耳に水とはこのことで、
どこから水が漏れているかは、
専門家に見てもらうしかないという事が分りました。

相手は地面の中のことなので、
家の床板の下だったらどうしよう、と不安になりましたが、
放っておいたら、水道料金がどんどんかさむらしく、
どうしてもやらないといけないようです。


そんなことで、2つの業者に、見積もりをしてもらうことになりました。

見てもらった結果、どうやら水漏れは、
お風呂の給湯関係からだということが分かってきました。

おまけのことですが、
風呂釜が置いてある坪庭の近くに、
最近、足長蜂が巣を作っているらしく、
業者の人が見てくれているあいだに
蜂が何匹も、襲ってくるではありませんか!

これは余分のことで、蜂の駆除もしなくてはなりません。
なんでこうなるの!?


まあ結果的には、DIYの店で、蜂退治用のスプレーを買ってきて
蜂に向けてプシューッ、プシューッとやっていたら
いつの間にか、もう出てこなくなったので、
やれやれこれで、一つ目の問題は解決です。


ふたつ目。
工事は、床はめくらなくてもよさそうですが、
配管が通っている部分は、せまーい床下なので、
つらい姿勢でけっこうな時間を作業しなければいけないということで、
一つの業者は、難色を示しました。

そんな訳で、工事は、自動的にH設備という業者にやってもらうことになりました。


そして、2日がかりでやってくれた結果がこうなんですが、
お風呂内に、配管が露出しています。

モールをつけてカバーをしてくれたから、、じかに配管を見えることはないのですが、
こんな感じです。



何だか武骨な印象になってしまいましたが、これはこれで、仕方ありません。
配管なしの画像も撮っておいたら、比較できたでしょうが、そこまで気が回りませんでした。
ちなみに、シャワーのカランも新調されています。


1日目の工事が済んだところがこれです。
不細工!
そして、25年間、まだ壊れていない古い風呂釜!
ここで、これまでイカれたら、もうダブルパンチです。

そうなんです。
水回りの工事は高くつくんです!



2日目の工事で、こういう格好になりました。
ロートルの風呂釜に、末永くもってくれよとお願いしつつの完成です。

配管のカバーが、グレーだったらもっと良かったのに、と思うのは
欲張りすぎでしょうか(苦笑)





















金田福一兄によるみことばの説き明かし



・「イエスさまを信じて」

イエスは彼女に言われた。
「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、
とわたしは言ったではではありませんか。」 【ヨハネ11:40】



信じるということは、おまかせすることです。
あとに不安が残るなら、おまかせしていないのです。

おまかせすることができるのも、主が来てくださり
共に居て下さるからです。
不安があるなら、信仰とは言えません。自力です。

おまかせするということは、
乳飲み子が母親に信頼しているほど無邪気なことであって、
決して努力ではありません。

そのようにイエスさまを信じて、顔をあげて、
明日を迎えましょう。

ほほえみを浮かべ、賛美を口にしながら前進いたしましょう。

病の明日に向かって。

失業の明日に向かって。

倒産の明日に向かって。

苦しみの前の明日に向かって。

決して暗くはない明日に向かって。









2015年9月15日火曜日

Nさんのバイクガレージ


私のブログによく登場されるNさんですが、
このほど、家を新築されました。
そして、かねてからの夢だったバイクガレージも建てられ、
ケータイに写メール(この言葉ふるーい)を送ってきてくれました。

小さな画面で見ても、なかなか良さそうな建物なので、
先日の休みに、見せてもらいに行ってきました。

はじめにお詫びなのですが、この日、私は不覚にも
デジカメを忘れて行ってしまったのです。(ありえんやろ!(# ゚Д゚)

それゆえケータイのカメラ(古いガラケーです)で撮った画像しか載せられなかったので
そのへんをどうぞ、お許しください。



Nさんは草津市にお住まいなんですが、
あれまあ、行ってみると、住宅街の一角に、こんなに可愛らしいガレージが建っていました。


私とNさんは、1997年にハーレーダヴィッドソン・スポーツスターと言うバイクを通して知り合ったので、もう20年近くの友人と言うことになります。


このガレージ、実はダイナオという個人経営の会社(社長と社員1名)が、セミオーダーで作ってくれて、このままのカタチでクレーンで釣り上げて、ここにドーンと置いたモノだとか。
なので、正確を期すと、建物ではないのだそうです。


バイクを持った人なら、一度はあこがれるバイク専用のガレージ。
Nさんはこれで、ひとつの夢を実現させました。


ガレージの中には、旋盤、ボール盤、フライス盤などなど。
金属加工ができる工作機械が並んでいます。
今度お邪魔したときには、もっとしっかり見なければ、、。


ジャーン!!
そしてこれがHARLEY-DAVIDSON sportster1200です。
Nさんのスポはもうこれ以上はいじりようがないやろ・・・というくらいいじってあって
Nさんのセンスと、工作技術がにじみ出た、ひとつの作品となっています。

ほんとうにお見事!って言えるくらいの出来ばえです。

私も、いまから7年ぐらい前には、同じバイクで違ったタイプのに乗っていましたが、
なぜか、バイクにまったく興味が無くなった期間があって、
その間に手放してしまっていたのでした。

これが、私が乗っていたスポーツスターです。



その後、現在のように、またバイクの趣味が戻ってきたのですが、
年齢なりの持ち方になってしまいました。

もう今から1200ccのオートバイに乗れるとは思えません。

これはもう、他の方の「作品」を見せていただくだけ、になったほうが現実的だと思えます。
Nさんのもう一台のバイク。ホンダPCX125とプチツーリングに行くぐらいが
身の丈に合っているのだと思います。


職場の同僚も最近、250ccのスクーターを買いました。
もうひとりのスポを通した友人、Uさんも一緒に、バイクにもってこいの良い季節を
近いうちに味わいに出掛けたいと思っています。

Nさんは、ほんとうに器用な方で、金属加工も、針仕事も、また大工仕事もこなされます。

デジカメを忘れなかったら、もっともっと細かいところまでご紹介できたのですが、
Nさん、すみません。
次回、寄せていただく時には忘れないようにします。

肝心のご新居の写真も撮り忘れてしまいました。


はあー、歳はとりたくありませんね(苦笑)
























「主に感謝せよ。」



「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は――
彼らを打ち負かされた。【第2歴代誌20:21~22】




「感謝する気持ちがなくても、『主よ、感謝します』と祈っていいのですか、
と質問なさった人があります。

イスラエルの人々は、困難な戦いに直面して、おじ恐れておりました。
感謝できるような状態ではありませんでした。
しかし、主の前に立ちました。主を仰ぎ望みました。
これは、私たちの戦いではなく、主の戦いだと示されました。

「主の勝利を見よ」と叫びました。

そして、「主よ感謝します」と賛美し始めたとき、
主が、彼らに、勝利をお与えになったのです。

暗い現状に、引き止められてはいけません。
暗いこの時こそ、勝利への転換の、チャンスではありませんか。

大胆に、主に感謝しなさい。