2015年7月27日月曜日
老いるということ
現在、私が元気に仕事ができていることは、この前の投稿の通りですが、
もうすぐ68歳という現実を、体が正直に現してくれています。
今年になってから、私は頻尿に悩むようになっていました。
いちおう前立腺肥大用の薬を、長年にわたって、飲んでは来たのですが、、
多い時で、午前中に10回以上もトイレに走るようになって
どうしたらいいのかなあと思っていました。
仕事にも、支障が出るようになってきていました。
そうしたら、高校時代からの古い友人で、霊の友でもあるK君が
ひょっこり訪ねてきたのです。
いろいろな話をして、頻尿のことも話したら、
京都駅近くにある、K泌尿器科クリニックのことを
話してくれました。
さっそくウエブで見てみたら、その医院は、
まだ日本でも数少ない、レーザーによる
日帰り手術も行っている、泌尿器科だとわかりました。
院長先生は、私の出た、日吉ヶ丘高校の後輩になることもわかりました。
それで、そのドクターに、メールを送ってみたら、
取りあえずは診せて下さいということだったので、
5月の連休明けから通っていました。
まずは軽度の前立腺肥大があったので、
それの対策として、慢性前立腺炎用の抗生物質が処方され、
飲んだら、前立腺自体は、みるみる小さくなりました。
そして、頻尿対策に、過活動膀胱の薬も出ました。
それで、頻尿はかなり改善されました。
しかし、出るオシッコは細く、ある程度、力まないと出ないことなどを訴えたら
いちど、膀胱鏡で見てみましょうということになりました。
そこで、去る23日に検査を受けました。
そうしたら、、膀胱鏡が入らないような尿道狭窄が、途中にあったので、
すぐにその場でレーザー手術をしてもらいました。
手術自体は、麻酔がかかっているので、痛くも何ともありませんでしたが、
問題はそのあとでした。
出血があるので、翌日まで、尿道カテーテルを留置することになったのです。
あしたの朝10時に抜きますので、きょうひと晩は我慢してくださいねと言われて、
気軽にハイと答えてしまいました。
まあ従うしかなかったのですが、家に帰って麻酔が覚めてくると、
そのカテーテルが気持ち悪いこと、気持ち悪いこと!
もう膀胱が満タンで、そこまでオシッコが来ているのに
我慢しているような感覚が、ずっとずっと続くのです(>_<)
痛み止めの座薬を入れても、その気持ち悪さはとれず、
居ても立ってもいられないのです(>_<)(>_<)(>_<)
何をすることもできず、ただウロウロうろうろするばかりでした。
あしたの10時までという時間が、とんでもない先のことに思われました。
神さまに祈ることもできませんでした。
見かねた家内が、座薬をあるだけ使ってみたらと言ってくれたので、
3発とも使って、横になっていたら、少しだけ楽になってきました。
私は8年前に、裂肛の手術をしたのですが(下半身ばっかりやん)
その時には、麻酔の注射以外には、ほとんど苦痛がなかったので、
いやあ、これはほんとうにつらい体験でした。
座薬と眠剤のおかげで、何とか眠ることができたのは
ほんとうに天の助けでした。
翌日の午前10時に管を抜いてもらったら、スーーーッとして
元通りになったことは、言うまでもありません。
何も感じないことが、こんなに感謝なことだとは知りませんでした。
ただ、まだ血尿が出ていたし、オシッコをするときには、
沁みるような痛みが現在もあります。
あとはもう、日にち薬なんでしょうね。
それと、私が以前から抱えている
お尻ゴニョゴニョはちっとも変わらず
いまも座ると不快感があります。
この頃は、横になっていても動いています。
また、残尿感も完全にはなくなっていません。
これらが取り去られるのは、いつのことでしょうか。
何はともあれ、楽しみにしています。
金田福一兄による聖書の説き明かし
・「福音を持つ者」
それどころか、
私の主であるキリスト・イエスを
知っていることのすばらしさのゆえに、
すべてのことを損と思っています。【ピリピ3:8】
福音を持つ者は語る。
おのれのことではなくて、主のことを。
おのれの言葉ではなくて、みことばを。
福音を持つ者は黙す。
主に語らせるために。主に聞くために。
福音を持つ者は退く。
主の栄光のために。主と交わるために。
福音を持つとは、おのれが何かを持つことではない。
ただキリストのみを持つことだ。
福音を持つとは、一切を持つことだ。
ここに彼の豊かさがある。
福音を持つ者は、何物をも持たない。
キリスト以外の、この世の何物をも。
ここに、彼の世にある生き方がある。
福音を持つ者は捨てる。
おのれの栄光を。おのれの名誉を。おのれの利益を。おのれの喜びを。
ただキリストのもとにある喜びのために。