インターホンって、壊れてもなかなか気がつきません。
何かのタイミングで、外から来たお客さんが、
「鳴りませんよ」って言ってくれて、
初めて気づきます。
もう25年近く使って来たので
たぶん寿命だったのでしょう。
で、ホームセンターへ新しいのを買いに行ったのですが、
音だけのインターホンって、今はなかなか見つかりません。
そして、悪いのはインターホン自体もそうなんですが、
配線の老朽化もあるかも知れないんです。
配線が悪かったら、もうお手上げですよね。
それで、今回は無線のものでテレビ付きのものにしました。
これって、親機は100v電源ですが、
子機は電池式です。
でも、夜でも来訪者の顔が見えるように
LEDランプ付きです。
電池式で、電池がどれくらいもつのかが問題ですが、
ふつうのアルカリ電池で、半年以上もつんですって。
こんなものでも、新しくしたら、早く実感したいですね。
お客さんがボタンを押してくれるのが待ち遠しいです。
それにしても去年から、水道の水漏れ、
お風呂の湯沸かし器と、寿命と思われるものが次々に来て
物入りです。
まあもうみんな、長いことつかっていますから仕方がありませんね。
金田福一兄によるみことばの説き明かし
・勝利の信仰
父よ。みこころならば、この杯を私から取りのけてください。
しかし、私の願いではなく、みこころのとおりにしてください【ルカ22:42】
勝利の信仰とは、物事が、
祈願の通りになることではありません。
たとえ、どんなに悲劇の現実でありましょうと、
神の聖意志に対して、
感謝と喜びをもって服従し得ることこそ、
現実に勝利する信仰です。
「聴かれざる祈り」という悲壮な信仰は、
英雄主義であり、自力にすぎません。
神の聖意志、神の必要、神のご都合は、
人間のいっさいの願望に先行するものです。
罪のみの自らが、
神に受容されていることを知る時、
その神を受容する信仰に変えられますが、
そこにおいては、いっさいの苦難も悲劇も、
恩寵の使命にと変わるのです。
いかなる患難をも喜ぶことなくして、
どうしてキリストの証人と言えるでしょう。